大田区蒲田に"鳥海"という居酒屋があった。
久しぶりに立ち寄ってみたら、突然の閉店だった。
ご高齢の夫婦が切り盛りしていた小さな店だったので、いつかそんな日も近いとは想像していたが、現実にその日が来たかと実感すると、無性に寂しくなる。
なぜ、もっと早く来れなかったかと、後悔した。
魚料理中心の人情酒場で、いつも口数の少ない店主が優しく笑顔で料理を作ってくれる。
でもどこか昔の職人の頑固さもにじみ出ている。
接客してくれるのは、元演歌歌手のおばあちゃん。店の壁に、若かった頃のレコード写真が貼ってあった。
腰が悪いようで、いつも前傾姿勢で、店内を動き回っていた。いつも愛想の良い笑顔を崩さない。
綺麗な口紅が印象的で、いくつになっても女性であることが、プライドだったのだろう。たわいもない会話が、心地よい。
ついつい飲み過ぎ、食べ過ぎてしまった。
帰るとき、決まって袋いっぱいのお菓子をおみやげとして、いただいた。
使った金額に見合わないと思い、遠慮しても、わざわざ来てくれたお礼だと強引に渡してくれた。
あの楽しかった時間と空間がもうないかと思うと、目頭がが熱くなってきた。
ぜひ、健康をご快復されることをひたすら祈る。
もう読まれることもないかもと、思ったが、店のドアに、楽しい時間をありがとうございました とメッセージを差し込んだ。